グリーン水素事業の
事業性評価とリスク分析

再生可能エネルギーの発電量は見積もりづらいと言われています。また、将来の水素需要量も不透明です。

グリーン水素事業を開始するにあたっては、需要と供給の双方に不確実性があることになります。この場合、最適な水素設備量や生成量をどのように決定すれば良いのでしょうか。

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この冬は例年になく寒くなりました。テニスラケットを握る手に力が入らなくなり、ユニクロでヒートテック手袋を購入しました。地球の気温は大きく変動しており、それに対応するビジネスも勢いを増しています。

日本においては、太陽光パネルの設置に続き、列島を取り囲むように洋上風力の建設が進んでいます。再生可能エネルギーに加え新エネルギーの利用促進に向けた取り組みが熱を帯びていますが、その中で水素がエネルギーキャリアとして注目を集めています。

企業は炭素を排出しない電力やエネルギーを利用することを求められており、その代表的な施策は再生可能エネルギーの活用です。

しかし、再生可能エネルギーは発電量や利用可能な時期にばらつきがあり、使い勝手に課題があります。そこで、水素への変換によってエネルギーを安定して輸送し、蓄え、取り扱いを向上させることが水素活用の目的となります。水素は燃焼させて電力を得るだけでなく、燃料電池を使用して再び電気を生成することも可能であり、欧米ではガスと混ぜて供給する実験も行われています。

このように再生可能エネルギー由来の水素は「グリーン水素」と呼ばれます。グリーン水素を活用する事業は有望ですが、その生成量は不確実性が存在します。需要はこれから伸びると予想はされますが、どういった利用用途で拡大するかは不透明であり、各社が現状を注視しています。また供給面においても、再生可能エネルギー利用に起因する生成量の不安定さ、その生成設備への投資、生成後の貯蔵や輸送といったロジスティクスへの経験不足など、多くの不確実な要因が存在します。

再生可能エネルギーの需要と供給(水素や電力)が不安定な事業で担当者が悩む様子

本記事においては、需要面と供給面の両方に不確実性がある場合のサービス提供について、簡単なサンプルファイルを活用して検討例を示します。あくまでも具体的な事業の立ち上げや数値の検証に焦点を当てるのではなく、事業性評価やリスク分析に注目します。

次回の記事では、ロジスティクスに焦点を当て、生産場所から何か所かの中継地点を経由して全国の水素ステーションに届けるというフローを想定し、輸送や保管のコスト、機会損失を加味して最適な輸送量を検討します。

キーワード:再生可能エネルギー、グリーン水素、需要と供給、リスク分析、モンテカルロ・シミュレーション、感度分析、設備投資

グリーン水素販売事業の開始にあたり、以下のような前提を考えてみましょう。

既設の太陽光発電・風力発電から電力を獲得する。市場の水素需要にはまだ限りがあるため、グリーン水素の生成に必要となる分の電力を残して、残りは売電して収入を得る。グリーン水素はそのまま販売する。

発電と売電、水素生成について前提を置いていきます。

発電

  • 太陽光発電、および風力発電設備の定格出力と年間の設備利用率を仮置きして、発電量を想定します。

売電

  • 需要の不確実性は考えず全量が売れる前提としますが、売電価格のばらつきは考慮に入れてみましょう。ここではJEPXからスポット市場取引のデータを元にして仮置きをしています。
  • FITを考えていませんが、固定価格とすることも可能です。

水素生成

  • 売電した残りの電力を利用して水素を生成します。水素生成に利用できるエネルギーは、発電量から売電した分を引いたものを上限とします。その際の電気代は考慮しません(0円とします)。
  • 生成効率など、その他の生成にかかるコストについては生成した水素の量あたりのコストがかかるものとします。
  • 水素生成量の上限を設けることにします。
売電と水素生成の配分_太陽光と風力

収支は電力と水素の売上から、水素生成のコストを引いたものになっています。また、需要を超える水素については販売されず、一定量までは貯蔵されることにします。しかし需要についてはばらつきを認めてみたいと思います。

水素生成のコストに関連して、ここでは仮の値を利用しておりますが、データがあればより検討を深めることもできるかと思います。たとえば水電解装置の稼働コストが水素生成量の増加によって逓減するといったような、より現実に近い検討にすることも可能と思われますが、今回の検討ではそこまで立ち入りません。

なお、ここでは初期投資(設備投資など)費用については考慮しておりません。

初期投資を検討するとどうなるか?

もし新しく事業を始める場合には、法規制のほか、設備投資の資金調達、金利、それによるキャッシュフローのマイナスや、事業開始までの期間についての不確実性などを考慮する必要があります。大型の設備になればなるほど、設備投資は巨額となり、資金調達とその説明材料が必要になります。また、特にNPVやIRRなどで評価する際には、投資から事業開始時期が伸びてしまうとキャッシュインフローまでの時期が遅れるだけでなく、基本的に割引価値が下がります。投資から回収までは早いに越したことはありません。そのため期間の不確実性も考慮に入れることがあります。

さて、Excel シートに落とし込みをしてみましょう。今回利用したサンプルファイルは本ページ下部からダウンロードできますので、ぜひお手元でもご確認ください。

Excelシートの数式については、様々な構築方法があるかと思いますのでここでは説明を省略いたします。簡単には、発電量をある割合で分配して、売電と水素生成に振り分けて、そのまま収支計算を実施しています。

設備利用率などの不確実性の設定

通常のExcelと異なるのは、不確実性を考慮している点となります。ここではCrystal BallというExcelのアドインツールを活用していきます。

例えば、一般に再エネの年間の設備利用率は「ばらつき」が大きいと言われています。〇%~△%と表記があるような場合をよく拝見します。これをExcelの1つのセルに確率として入力ができます。以下の図をご覧ください。ここではある1週間の設備利用率(赤枠内)を示すセルが緑色になっており、これはCrystal Ballで確率分布を設定したセルになります。同セルの右側にあるHigh/Base/Lowの3つのセルの情報を元にして三角分布という確率分布を入力しています。ここでは35%から37%までが発生して、中でも36%が最も起こりやすいという設定にしています。この確率分布に沿って、何度も何度もランダムな数を発生させ、その結果のばらつきを見るのがモンテカルロ・シミュレーションとなります。

発電施設の設備稼働率を確率分布として設定、想定にばらつきを持たせる

他にも、売電単価と水素需要については同様に確率分布を設定しています。これで、供給側である発電量と、需要側である水素需要量について(売電単価は両方に関わります)、不確実性が考慮された状態になりました。

Crystal Ball でモンテカルロ・シミュレーションを実施

最終的には売電と水素の配分をどうするというお話のため、多少の寄り道ではありますが、モンテカルロ・シミュレーションを実行して収支の概算を確認してみましょう。結果は以下のようになりました。

ここでは売電と水素生成に利用する電力の配分を50:50にしています。(この時点で特に配分に意味はありません)

モンテカルロ・シミュレーションで確認するグリーン水素事業の収益のリスク幅

不確実性を持たせて10,000回のシミュレーションを実施しました。上図をご覧ください。横軸は収支の値、縦軸はそれに対応する確率となります。結果として、1週間あたりの収支は約1,750万円~2,150万円程に落ち着きました。感覚的ではありますが、その中でも1,900万円~2,100万円程に落ち着くことが多いようです。また、左側に1,900万円のラインを設定しました。中央下にある「信頼度 97.81%」というのは、ここでは1,900万円を超える確率を指します。つまり、85%の確率で1,900万円/週を超えますと報告ができそうです。

シミュレーション前にExcel上で計算された収支は2,058万円でした。そのような端的な報告の代わりに、以下のような報告が可能となります。

太陽光発電と風力発電の設備利用率、売電価格、水素需要量などの不確実性について、過去の実績データや官公庁の出しているシナリオ数値から考慮しました。結果、本事業は週平均で1,977万円、少なくとも1,900万円以上確保できる確率が85%となります。収益に影響を与えるのは太陽光発電の設備利用率と売電単価となります。そのため、設備利用率を上げるようなメンテナンスへの投資検討や、売電単価の安い時期には水素供給を増やすといった施策が考えられます。

数値想定は調査結果ではなく適当な値を用いておりますのでご注意ください。また、収支は設備利用率や売電単価に大きく影響されるというのは以下の「感度分析」の結果によります。上記のグラフからワンクリックで表示可能です。モンテカルロ・シミュレーションを活用した事業性評価や収益の予想では、よく感度分析が用いられます。

グリーン水素事業の感度分析の結果

繰り返しになりますが、本筋に戻りましょう。作った電力をどう配分するべきでしょうか。

上記は売電と水素生成に50%:50%の電力を使ったケースとなります。言い換えると、発電量の50%を水素生成に利用したことになります。そして「全体の収支を最も高くするような、水素生成に使うべき適切な電力量の割合は?」というのが本題の核心となります。

しかしながら先の通り、需給には「ばらつき」が設定されております。どのようにして検討していけばよいでしょうか。

一つ方法として、水素生成に使う電力量の割合を0%→1%→2%→3%→…と刻み幅を持って変更していき、都度シミュレーションの結果を見てみるという手があります。1%ずつとは言わず、25%ずつ、10%ずつと、最初は荒く、徐々に細かくという手段を取ればよいでしょう。しかし、そこそこの時間がかかります。

この検討を数クリックで終わらせるCrystal Ballの機能があります。Crystal Ball の数理最適化ツールOptQuest になります。

Crystal Ball の数理最適化機能 OptQuest を活用して水素配分量を求める

手順としては非常に簡単です。起動すれば案内が出ますので、その指示に従えば完了します。1点だけ、本ツールを上手く活用するには「制約条件」という設定をしなければなりません。遠足では持っていくお菓子は300円までという制約がありますし、労働時間では1日8時間を超える場合は1時間の休憩を取るという制約があります。

同じように、今回は水素生成に上限を持たせるという制約を設けました。意図としては、水素の廃棄コストや販売の機会損失コストなど「作りすぎ」に対してのペナルティがない状態となりますので、生成に上限を設定することでその代わりとしました。それではOptQuestを実行してみます。

数理最適化で水素生成の配分を求める(OptQuestの起動)

OptQuestの実行方法については割愛いたします。結果は、配分を45%としたときに最も収益が安定して高くなるようです。

数理最適化で水素生成の配分を求める(結果)

水素生成量の事業収益に対する限界分析

さらに分析を重ねてみましょう。配分10%刻みでの収益に関する検討結果がこちらになります。45%付近で最も安定して高い収益が出ている様子がうかがえます。( 図中(6)が50%となっています)水素生成にかける配分は、100%から50%に減らすにつれて急激に高くなり、それ以降は僅かですが減少していきます。

水素生成割合の限界分析

水素の需要にはばらつきを設けましたが、その需要を満たすまでは売電よりも水素生成を優先した方が収益が大きくなります。水素が販売できる場合、水素生成の限界収益が売電時のそれを上回っています。ばらつきを設けているため正確ではありませんが(ばらつきを想定したシミュレーション結果の方が現実的ですが)、およそで計算してみると1kWhあたりの収益は売電:水素販売で17円:18円と僅差になります。わずかに水素の方が利益を生むようです。そのため、水素が需要を超えて販売できなくなると水素の販売量は固定されますが、生成コストは増加を重ねて、全体としては収益が減少するようです。

今回はオペレーションが可能となる項目は1つしかありませんでした。つまり、「配分をどうするか」という1つの選択肢しかありませんでしたが、ここに他の選択肢がある場合にはOptQuestはさらに威力を発揮します。同じグリーン水素でも電解設備により費用やスピードが異なるケース、グリーン水素以外を生成するケース、ある程度の蓄電池を持って運用するケースなど、実際には選択を迫られる項目は多いため、OptQuestのような概算ができるツールは重宝されます。

今回は概算でしたが、以下のような拡張をすることで、個別事業に使うことができるかもしれません。

①水素の貯蔵やその設備投資、在庫マネジメントを含めた検討

本シートには(ほぼ)使われていないセルがあります。水素生成の上限設定と余剰量の算出です。今回は1週間を前提として発電量を計算しましたが、上限と余剰を上手く活用すれば、より長い期間での試算が出来るかと思います。

ある程度の水素在庫を確保しておき、翌週にも使うことができるのであれば、欠品と機会損失の可能性が低くなり、その分の売上があがります。そもそも本シートでは余剰を計算しておらず、その週で使われなかった水素はすべて捨ててしまっていることになります。本来は水素は廃棄コストが掛かります。その点において不十分な試算と言えます。また、今回は保管コストについて1週間で収まるように概算値を計算するという方針を取りましたが、今回とは異なる見方をする必要があるかもしれません。場合によっては在庫が定常的にある状態では、保管にかかる費用が増加することも考えられます。

さらに根本的な点として、貯蔵できる水素量には限界があり、貯蔵施設にも相応の投資が必要となります。これらも含めた検討が必要になります。

②水素生成や取引の不確実性を含めた検討

水素生成に着目しますが、今回水素生成単価を10円/Nm3と設定しております。これは事業全体の収益に強く影響します。本件はそもそも前提で述べたように初期投資を考えておりませんが、水素製造装置をより効率的なもの、製造コストの抑えられるものを検討した場合の限界収益についての検討も面白いかと思われます。

また、生成量やタイミングを収益観点で効率的にするということも考えられます。本ケースでは年間での電力需給を考えておりませんが、電力が余っている時期にしか水素を生成しないというオペレーションも大いに考えられます。さらに、生成のために必要となる再エネからの電力についても、時々刻々と出力が変化します。時系列ベースでの不確実性を考慮したモンテカルロ・シミュレーションへの発展が必要になります。

事業としてのフィージビリティを確認するには、より詳細なオペレーションを含めた検討が必要になるかもしれません。弊社ではこのような検討も実施しております。ご必要の際には、ぜひお問い合わせください。

事業内容や環境によって、必要となる試算の観点も異なります。状況に応じた検討が求められます。

例えば事業者が水素の熱利用を考える場合、輸送や水素供給側のしっかりとした試算が必要となります。その際には、水素ステーションなどの輸送先の数、中間拠点、輸送コストなどに目が行くかもしれません。ロジスティクスに着目した試算については、本記事の続きとして公開予定です。

改めて、本記事においては、需要面と供給面の両方に不確実性がある場合のサービス提供について、簡単なサンプルファイルを活用して検討例をお示ししました。このように事業検討を定量的に実施して、より意図にあった選択を取れるようになるのがビジネスリスク分析となります。

以下のフォームより、今回作成したシートをお配りしております。また、Crystal Ball は15日間の無料体験を活用すれば、シミュレーションを動かしてご自身のケースで収支を確認していただけます。さまざまな条件や、事業自体の想定を変えることも可能です。ぜひお試しください。

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